大判例

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大阪高等裁判所 平成2年(ネ)536号 判決 1990年11月16日

控訴人

大阪市信用保証協会

右代表者理事

阿部宰

右訴訟代理人弁護士

上田耕三

被控訴人

箱田雅史

主文

一  原判決中、被控訴人に関する部分を取り消す。

二  被控訴人は控訴人に対し金二一一万七〇二八円及び内金一九九万九〇〇八円に対する昭和六二年八月五日から完済まで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

一  控訴代理人は主文同旨の判決及び仮執行宣言を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

二  当事者の主張及び証拠関係は次に付加、訂正する以外は原判決事実摘示のうち、控訴人と被控訴人の関係部分記載のとおりであるからこれを引用する。

1  本判決が以下における事実及び理由で引用する原判決中の「被告箱田正子」を「訴外箱田正子」と、「被告正子」を「正子」と、「被告裕史」を「裕史」と、「被告雅史」を「被控訴人」と、それぞれ読み替える。

2  原判決三枚目表七行目の「五月一〇日より」を「五月から昭和六五年四月まで」と、同四枚目表四行目の「ともいう」を「という」と、同五枚目表八行目の「訴外箱田勇」を「勇」と、同末行の「二分の一」を「四分の一」と、それぞれ改め、同裏二行目の「認否」の前に「請求原因に対する」を、同五行目の「被告正子」の前に「妻である」を、「被告裕史」の前に「長男である」を、「被告雅史」の前に「二男である」を、同六枚目表五行目の「勇の保証債務」の前に「訴外国民金融公庫に対する」を、それぞれ加え、同六行目の「ハ」を「(ハ)」と改め、同裏一行目の「原告」の前に「被告雅史の抗弁に対する」を、同行の「認否」の次に「及び反論等」を、同二行目冒頭の「被告雅史が」の前に「1」を、「相続放棄」の前に「その主張どおり」を、同三行目の「被告正子」の前に「母の」を、「被告裕史」の前に「兄の」を、同四行目の「遺産である」の次に「自宅の」を、それぞれ加え、同行の「土地建物」の次に「(以下「本件不動産」ともいう。)」を、「相続させ」の次に「昭和六〇年一一月二九日、その旨の所有権移転登記(以下「本件相続登記」という。)も経由され」を、それぞれ加え、同六行目の「一項ないし二項」を「一号または二号」と、同行の「その後において」を「その後の昭和六三年八月四日に」と、それぞれ改め、「申述をし」の次に「てこれが受理され」を、同七行目の「としても、」の次に「右相続放棄の申述及び受理は」を、同七行目の次に改行のうえ「2 被控訴人は勇の死亡当時に母正子の経営するブティックにかなりの負債があることを認識し、昭和六一年五月末日に母正子と兄裕史が夜逃げし、その後も同人らから月一回程度の電話連絡を受け、その際には少なくとも夜逃げの理由を聞いて、母正子の負債のみならず父勇の連帯保証についても知っていたはずであり、さらに、控訴人は、被控訴人に対し、その肩書住所地宛に昭和六二年一〇月九日、勇の保証債務についての呼出状(甲第一二号証参照)を、さらに、同月一九日、勇の保証債務の内容と相続の負担部分支払の督促状(甲第一三号証の一、二参照)を発送し、右各書面は、同月下旬ころには、被控訴人に到達したというべく、民法九一五条一項所定の熟慮期間は、遅くとも右各書面が被控訴人に到達した昭和六二年一〇月下旬から起算すべきもので、そうすると、被控訴人が昭和六三年八月四日になした相続放棄の申述は右熟慮期間経過後になされたもので、無効である。」を、さらに改行のうえ「3 仮に、被控訴人が、その主張するように訴外国民金融公庫から勇の相続人である被控訴人らに対する保証債務履行請求事件(大阪簡易裁判所昭和六三年(ハ)第四〇六九号事件)の訴状の送達で初めて勇の負担する債務の存在を知ったとしても、右事件では責任を認めて訴外国民金融公庫に和解金を支払っており、控訴人の本訴請求に対しては相続放棄を理由に債務の支払いを免れようとするのは、全く違法かつ不当である。」を、それぞれ加える。

理由

一原判決の理由冒頭から原判決九枚目表五行目までの被控訴人関係部分の原審の理由説示は当裁判所もこれを正当と判断するものであって、次のとおり付加、訂正、削除する以外はその理由記載を引用する。

1  原判決七枚目表九行目の「訴外箱田勇」を「勇」と改め、同裏三行目の「連帯保証債務」の次に「(以下「本件債務」という。)」を、同五行目の「相続開始」の前に「勇の死亡の日にこれを知り、自己がその相続人となった事実を知ったことは弁論の全趣旨により明らかであるところ、勇の」を、同九行目の「成立」の前に「前掲甲第一号証の二」を、同行の「甲第六号証、」の次に「第一一号証、」を、同一〇行目の「勇は」の次に「、昭和四七年二月ころに取得した」を、「土地建物」の次に「(本件不動産)」を、それぞれ加え、同一一行目の「当時」を「以前」と改め、同末行の「けれども」を削り、「一年」の次に「が経過する」を加える。

2  同八枚目表一行目から二行目の「その後は、昭和五五年」を「その後の昭和五五年四月ころ」と改め、同三行目の「就職し」の次に「、昭和五六年三月二二日から肩書住所地に居住し」を、同行の「ずっと」の前に「両親とは」を、同行の「別居して」の次に「生計を別にして」を、同四行目の「正子が」の次に「昭和三九年九月ころから」を、それぞれ加え、同行の「営んでいた」を「営み、本件(一)の借入金一〇〇〇万円はその運転資金として借り受けたものである」と改め、同八行目の「雅史は、」の次に「母正子の」を、「負債も」の次に「かなり」を、同九行目の「あったが、」の次に「勇の本件不動産を含む遺産を母正子の右負債の弁済に充当すべく、母正子及びこれと同居していた兄裕史に勇の遺産の処分を任せ、自らは右遺産の」を、同行の「相続を」の次に「事実上」を、同一一行目の「渡し」の次に「、自らは勇の遺産の分配には何ら関与しない旨の態度を明示し」を、同裏一行目の「相続登記」の前に「本件」を、同六行目の「こと、」の次に「正子は、昭和六一年五月ころ、前記ブティックの倒産により同居していた裕史とともに夜逃げしたが、被控訴人には、その後も月一回程度の電話連絡をしていたこと、」をそれぞれ加え、同行の「昭和六三年六月二三日に至り」を削り、同七行目の「保証債務」を「別の保証債務(以下「別件債務」という。)」と、同八行目の「四〇六九号)、」を「四〇六九号保証債務履行請求事件、以下「別件訴訟」という。)、昭和六三年六月二三日、被控訴人に対し、右事件の」と、それぞれ改め、同九行目の「このとき初めて、」を削り、同行の「保証」を「別件」と改め、同末行の「被告雅史は」から同九枚目表三行目の「預金をはたいて」までを削る。

3  同九枚目表四行目の「和解をし」の次に「て和解金を支払っ」を、同行の「その後」の次に「の平成元年九月一日」を、同行の「なって」の次に「被控訴人が勇の死亡により本件債務の四分の一を相続したとしてその履行を求める」を、それぞれ加える。

二ところで、民法九一五条一項所定の熟慮期間は、原則として、相続人が相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が相続人となった事実を知った時から起算すべきものであるが、熟慮期間が設けられた趣旨からして、相続人が被相続人に相続財産が全く存在しないと信じ、かつ、被相続人の生活歴、交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において相続財産が全く存在しないと信じるにつき相当な理由があるような、相続人が前記各事実を知った時から熟慮期間を起算するのを相当でないとする特段の事情がある場合には、熟慮期間は相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算するものと解すべきところ(最判昭和五九年四月二七日民集三八巻六号六九八頁参照)、前記認定の事実によれば、被控訴人は勇の死亡当時勇に負債があることを知らなかったとはいえ、その当時から勇に相続の対象となる本件不動産を含めた遺産があることを知っており、父勇が会社員ではあっても、その妻である正子が営むブティックの営業に関し、その債務の保証をする蓋然性もあり、勇死亡直後の葬儀に際しても母正子に負債がかなりあることを認識していたのであるから、勇と同居していた母正子や兄裕史に勇の債務の有無を含めた相続財産の内容につき確認することも容易にできたもので、右相続財産内容の調査を被控訴人に期待するのが著しく困難であったともいい難いから、熟慮期間の起算点を被控訴人が勇の死亡により自己が相続人となったことを知った時と異別に解すべき特段の事情は認められないというべきである。

そうすると、被控訴人が昭和六三年八月三日になした相続放棄の申述は、法定の熟慮期間経過後になされたもので、同月一二日になされた受理は、その効力を有しないものというべきである。

以上によると、被控訴人は控訴人に対し、勇の連帯保証した求償債務残元本七九九万六〇三四円と昭和六二年八月四日までの遅延損害金四七万二〇八一円の合計金八四六万八一一五円の四分の一の金二一一万七〇二八円(円未満切捨て)と内金一九九万九〇〇八円(円未満切捨て)に対する昭和六二年八月五日から完済まで約定の範囲内である年14.6パーセントの割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。

三よって、右と結論を異にする原判決は不当であり、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条により原判決中被控訴人に関する部分を取り消し、控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石川恭 裁判官福富昌昭 裁判官岡原剛)

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